私は、とっても親不孝をして生きてきたんです…。
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親不孝な私_1

私と母の歴史

私は、自他共に認める(?)親不孝者でした。
母を、とことん苦しめたという自覚があります。
申し訳なさでいっぱいです。
ここで、親不孝の一部を懺悔させていただきます。

※ ここに書いていることは、私が個人的に「親不孝したな」と思っていることです。母はどう思っているか、分かりません。
一般的にどうかも分かりません。
個人的な想いですので、
「あ…私もこんなことしたな。私って親不孝だったの(涙)」なんて、決して思わないでくださいね〜!

高校中退

私は、高校1年生の後半に摂食障害になってから、学校には行けなくなり、引きこもりました。
高校は出席日が足りずに留年が決まり、やむなく中退の道を選びました。
中学生の時に、家計が苦しい中で塾にも行かせてもらって、せっかく合格した県内トップを争う進学校。 
母は、がっかりしたんじゃないかな…。

過食の日々

私の過食症は、それはそれはひどいものでした。
過食症の時は、家中の食料を食べつくしていました。
ドレッシングやマヨネーズのような調味料も、ふりかけや海苔のような食材も。 
母は、私が食べないようにと食料を隠してくれたり、1日分しか買い置きせず、毎食毎に準備をしてくれたりしました。
私が引きこもっている時は、母は仕事の合間に抜け出して、私の昼食の準備もしてくれていました。
作り置きすると、私は昼まで待てずに食べてしまうからです。
どんなに大変だったでしょう…。
その上、台所にはカギをかけて管理をしてくれました。
なのに、私はそれを裏切り続けました。
母の目を盗んでは過食をして、台所のカギや扉を破壊して過食をしつづけました。
さらに、私は母のお金を盗んでまで過食をしていました。
私の過食に費やすお金は莫大で、家計を圧迫しまくっていました。

家庭内暴力や破壊行為

私は、摂食障害になってからは精神的にかなり不安定で、泣いたり叫んだり、ヒステリーになって怒鳴り散らしたりということが日常茶飯事でした。
摂食障害の人に多いのですが(全員ではありません)、予定通りいかないと、それに対処できません。
突発的な出来事に対処するだけの心の余裕がなく、パニックになってしまいます。
例えば、食事の時間が少しでも遅くなってしまうだけで、私は母を怒鳴り散らしていました。
お茶が熱くて飲めない。雨が降っていて運動ができない。ジムに行きたいのに、ウェアが見当たらない。過食してしまった。
そんなささいな事があるごとに、母は私から精神的な暴力を受けていました。
そして、私は母に手を上げることはなかったのですが、家庭内のものを破壊したりもしていました。
物を投げたり、壁に傷を付けたり、カーテンを引き裂いたり。 
理不尽極まりない行為です。
母は娘にあんなにひどい暴言を吐かれ、どんなに恐ろしくて辛かっただろうと思います…。

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